ある日、若い女性のお客様が来店されました。
お客様の多くを男性で占める当店にとっては、異例のことです。
早速テーブルにお通ししてお話を伺うと、その第一声はとても意外なものでした。

「足の不自由な父のために、靴を創っていただけますか?」

そのお客様は、そうおっしゃったのです。

ご病気で足が不自由になったお父様のために、革靴を創ってプレゼントしたいというご希望でした。
「私、もうすぐ結婚するのです。その結婚式で、私は父に心から感謝の気持ちを伝えたいのです」

ほとんどの場合歩くのが不自由になると、靴はスニーカーばかりになります。
履かせやすく脱がせやすいし、動きやすいからです。でも、どうしてもフォーマルウエアには似合わない。
ダンディだったお父様が、気後れすることなく心から結婚式を楽しんでほしい。
そのために、足が不自由でも履きやすくて、タキシードにも似合う革靴が欲しいとおっしゃるのです。

私は、そのご依頼を引き受けさせていただきました。

後日、お父様の足を採寸と状態を確認させていただきました。
早速靴作りのスタートです。
お父様のお体を考えると、脱着のしやすさは絶対条件です。
プレーントゥのデザインをベースに、前をマジックテープで
ワンタッチで開けられるスタイルを採用。
足を入れる時が一番大変という点を考慮して、
踵を引き上げられるように工夫を施しました。
製法は圧着式を採用することにしました。
服装にマッチするようにカラーはブラック。

それから3か月。完成した靴をお渡ししました。
靴を見た瞬間、お客様はうれしそうに微笑まれました。
「父もきっと喜んでくれます。ありがとうございました」
そうおっしゃってくださったお客様を見て、私も心からうれしくなりました。

それからしばらくして、心に残る結婚式になったとお話をうかがいました。
二度とない人生の瞬間を、大切に心に刻むために必要とされる靴。
たとえ履く機会が少なくても、見るたびに暖かな思い出に浸ることが出来る靴。

今回、このお客様との出会いで、この靴を作らせていただけた一人の靴職人としての幸運と、靴作りの新たな可能性を見出すことができたと感じた経験でした。