この店、最初のお客様

名古屋に新しいショップをオープンした日のことでした。

本当に偶然立ち寄ったという風情で、お客様が来店されました。非常にお洒落な紳士でいらっしゃいました。
「友人から話を聞いてね。興味があったので、寄らせてもらいました」
お客様はそうおっしゃると、ぐるりと店内を見てまわられました。
展示させていただいている靴を一つ一つ手にとってご覧になってから、
「じゃあ、一足創っていただこうか」とおっしゃったのです。
名古屋店第一号のお客様との出会いは、こうした始まりました。

すぐに接客テーブルにお通しして、デザインのご相談に入らせていただきました。
すると、これまでにベルルッティなどの超有名ブランドでオーダーメイド靴をご注文されているとのこと。
来店される直前には、有名ブランドでの採寸の順番が、有名ニュースキャスターのすぐ後ろだったこと、某有名ファッション雑誌の創刊にも関わってきたことなどを、お話くださいました。
このお客様は、本当に長い間、オーダーメイドの靴をご愛用され続けているお客様だったのです。
打合せをさせていただきながら私は、緊張感と共にやりがいを感じて心が奮い立つように感じていました。

私にとっても、新しい店でお迎えした最初のお客様です。
特別な想いを込めて一針、一針縫わせていただいたことを、今でもはっきりと覚えています。

数ヵ月後、完成した靴をお渡しする日がやってきました。
ご来店いただいたお客様の前に靴をお出しした時、なにか特別な緊張を感じていました。
「私の靴を、気に入っていただけるだろうか」

お客様は完成した靴を手に取りじっくりとご覧になって、こうおっしゃいました。
「本当に美しい靴だね。履くのがもったいないくらいだよ」

しかし、私は、こう答えました。
「靴は実用性も兼ねていないといけませんので、ぜひ足を入れてみてください。」

そして、試着した瞬間、
「いいね。思った通り、すごくピッタリだよ。このままこの靴を履いて帰ってもいいかな?」
「もちろんです。」
その瞬間、私は心から靴職人としての喜びを実感していました。
このお店最初のお客様からいただいたこれらのお言葉とそのやりとりは、今でも私の宝物なのです。